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マクロスデルタを演出とクロスワードで分解する

1. しばらく追記を重ねる予定。構成が変わる予定はないが、矛盾が発生する可能性は無限大。
2. 全話順番に下へと継いでいく予定なので、スクロールしなければネタバレは止められるはず。(サブタイも書かない。)
3. 次の話へと移るときも、冒頭数行では内容には触れない。※検索エンジンの抽出は責任持たない。

いわゆる感想でも、元ネタを探して並べた考察()でもなく、解釈は苦手だからしない、読解の中途までの工程をまずは丁寧に追いたい。



基本的な読解コンセプトは、「何層かのレイヤーがワンシーンに重ねられている」である。
しかしそんなことは初歩的過ぎて当たり前だと切って捨てられてるかもしれない。
だからもうひと押ししたい。

もう一つのポイントは、「他者性」である。(保坂の『小説の自由 (中公文庫)』で、『~誕生』ではなかったと思う、筆者が新人の小説を講評するときにチラッと説明されてる。たぶん、この個所が一番わかりやすいというか、「技術としての他者性」のイメージをつかみやすいかな?)

マクロスデルタでは、この他者性を(僕が曖昧になんとなくほんわかと知る担当分けとしての)特殊効果の側から、ハリウッド風に「アクションとして」挿入されているのが、まずは第一話での、そしておそらくは安田賢司の、演出特徴であろう。そもそも特殊効果みたいなものは誰の担当なのかすら知らないが……。


まぁ技術としての他者性の工夫なんてみんな知ってんよー(これが真正面から解説されてる本は知らないけれど、おそらく初歩的過ぎる事柄なのだと思う。)
それと北欧神話にはそれほど積極的な興味が無いので、そこの詳細な平行関係はほぼ放棄する。

第1話の感想

マクロスシリーズで顕著なレイヤーは歌と映像だろう。
事実、歌の歌詞とシーンはかなりの比率で呼応している。OPよりは実際のエピソードを見て、そこからOPを考え直してみる方が分かりやすいだろう。
また、呼応しきれていなさそうなシーンはミスリードに落ち着くかもしれないが、何かの予兆として内的な価値の関係図が示唆される。本当に示唆されているのかは、ひとまず問わない。


スタッフロールにて、もし君が『マクロスF』の劇場版を見ていれば、ミラージュという名前を見て真っ先に思い浮かべる歌詞があるだろう。正確な意味の繋がりはなくアルファベットからの翻訳としても重なることもない。精々でアナロジーとして重ねうる平行関係があるのかもしれないが、そこまで綺麗に並んでいるわけでもない。しかし『マクロスΔ』に撒き散らされてる天の川を理解するのに、このやり方が必要となる。

ビルに平行に、地面から垂直に飛び上がり、上昇するシークエンス。お互いのコックピットをすれ違わせるアップサイドダウンの水平飛行。これらはすでにマクロスフロンティアで使われている、そしておそらくは人気の、パターンではある。が、そこにそれぞれ、デルタとしての意匠も加えられている。ハヤテを追撃するミサイルの群れは、夜空に浮かぶ星々、ここでは星座にまでは成っていないのだろう(星座とその神話は、フロンティアで使われたモチーフでもある)。そしてすれ違ったバルキリーに描かれた死神。この死神に、演出レイヤ―内での価値があるとは思えないので、ただのふかしか、精々でメッサーの来歴に関係している設定なのだろう。

アクションとして。この「アクション」ってのは、「各シーンごとで登場人物が行うそれぞれ行動」って程度の意味だと思って貰えれば問題ない(正確にはアークを描かなきゃならんらしいが……)。まぁ映画の脚本用語なのかなぁ?実際のとこはよく知らん。実際には、シーンにアクションが無いと追加されるって塩梅らしい。Δの例でいえば、ハヤテがヴァルキリーを動かし始め実際に動き出すシーン切り替わりの一瞬手前で「うおぉ」みたいなうめき声が一瞬あるはずだ。ここで滑り込まされている声が、アクションの一種なのだろうと素人理解はしている。ある意味では意志を表象しているかのような行動がアクションに値しているのだろうが、まぁ手悪戯のように挿入され形式だけ整えられているぐらいのことは行われてもいるのだろう。


さてマクロスデルタ(第一話)では、この登場人物に、「世界」が含まれている(かのように演出されている)と理解してみよう。世界からのアクションが登場人物の表情を、その意味を、チラッと変えていく。ある意味ではシーンの場を持たせるためだけの間を持たすための小賢しい小細工でしかない現場の工夫かも知れないが、とりあえずは意図された価値であると措定しておこう。

例示する。ルンがピカッと突っ走っていったフレイヤ。そこには彼女の笑顔があるが、「紫」の蛍光色で顔が上から照らされるシーンが含まれているはずだ。アニメにありがちなちょっとした変な表情、コピペとして映えるベクターとして有能なワンカット、そういうものに類してそうな何かと僕はその時では考えていた。特に理由は分からなかったけど少し怖い、そんな曇らされたフレイヤの異常性の部分。それがもしかしたら顔の影という演出の意図でもあるのかもしれないfeat.贔屓の市中引き回し。

事実、ハヤテは、ワルキューレのイカレっぷりに驚いている。(ただこういうシーンは、ハヤテの他者性としてゆえの感想の食い違いというよりは、世界観の説明としての他者性っぽくて、他者性を示すための技巧としての質は低いとしていいと思う。が、これはこれでいいような気もする程度には、ワルキューレの他者性を描くことには成功してはいると思う。また他方で、必要ではあるが往々としてつまらない世界設定を学ばせつつも楽しんでもらえるように、別のイベントが同時展開されるというのは、エンタメの常套手段でもある。たとえば『ユニコーン』では、演説をBGMに艦隊の戦闘準備やMSのスクランブルが刻々と進んで行くするシーンがあるはずだ。)
またこのときハヤテを襲う銃撃はオレンジ(黄色?)であった。

ハヤテは例のごとくバルキリーで踊るが、それはそうと放棄されたバルキリーに乗るのはテンプレ展開ではあるが認証機構も壊れているとエラーが表示されてるそうだ、フレイヤを掴んでいるハヤテのコックピットにも紫の光は下方から重ねられる。もちろん、これら紫は≪戦場≫での<ある銃撃>の色である。

そしてこの<踊り>も、今度はミッシェルではなく、アラドが主人公を見て語るが、今回はとても違和感がなく受け入れることができた。本来はフロンティアで成し遂げられるべきだった主人公の固有の形而上性、それの提示に、今回のデルタは成功したと言っていいだろう。繰り返しのパワーぱねぇといったところだろうか。

更にこの≪紫の光≫は、終盤にも再登場する。素っ裸にひんむかれるのはSFロボアニメの宿命という文脈はあるにせよ、あそこで起きた現象の原因が果たしてどこに・なににあったのか、不確かなままに、そしてその現象をさえぎり世界の橋渡しとなる光、それが銃撃の紫であった。そして映像は撃墜の黄へと墜落し。タイトルの橙へと暗転する。

気づくタイミングとしては前後するが、マクロスデルタでは名前と見た目にも、あからさまな元ネタが配置されている。Welcomeという歌いだしは、シェリルノームのWelcomeを誰しもが思い出すだろう。そもそも三雲の声はシェリルに似ているし、フレイヤもランカに似ている。フロンティアの歴史の延長線上に存在するであろうデルタ(ミーハーなので、提示されてる年号すら覚えてない)にそういう過去の面影があるのは、前回の売れたパターンをまた使いたいと大人が考えていそうな事情を抜きにしても、実はそれほど気にならないのは、これほどまでに「元ネタ」が散りばめられているからなのかもしれない。


そして思い出すのは、そもそもマクロスというもの自体が北欧神話をモチーフにしていたということだ。いや、モチーフにしてたというよりは、名前を借りてただけという方が、今回のデルタでの徹底さを考えれば正しい認識かもしれない。

更にここでポイントとなるのは、デルタでは、元ネタの地位にあるのは北欧神話だけではなくマクロスシリーズの歴史にも同等の価値が与えられているということだ。「大いなる風」がどうのと言ってる連中のバルキリーデザイン。あれはどこかで見たことがあるだろう。それはどんな所属の部隊だったか。相手の司令官は、また例のごとくアクションとして眼鏡をかけてたフェイスシフター的なあいつ、こいつもどこかで見たことが無いだろうか?そしてスタッフロールで明かされる名前の数々。そこには神話と歴史とが同列に詰め込まれていると君は知るだろう。

またその他方で、フェイスシフター的なアクションは敵のヴァルキリーの「翼の変形」にも仕込まれている。


巨人の重火器や街の炎上などの「赤」についても、書き留めておきたい。些末な部分では、戦場の空に輝く爆発の形状もある。三日月に消えていく昔からある伝統的な爆発である。

そいや前半ガン無視してるが、書くよそっちも。

第2話の感想

冒頭は何も書かないと決めたが、いい書き出しが無いので、無理やりというか「W」のallusionから入っていこうかと思う。Wとはワルキューレである。デルタなのにワルキューレなのか。そこは置いとこう。デルタ自体だって毎度のトライアングラーがかけられていると考えれば、より特徴として際立ち固有性を持つのはΔではなくWだろjkといえるかもしれんが、まぁどうでもいい話。

W自体はOPのバルキリーデザインでも、その翼に認められるだろう。またよくよく見るとOPラストのマクロスも、腕で「W」の形を作っているのではないか?いやいや、マクロスが腕を曲げているのは……本当にいつものように肘を曲げて腕を広げているだけだろうか?星座の線のようにWの字が見えないだろうか?おそらく、作品中で平和な町中にマクロスが出てくるときは、この形になっているんじゃないだろか。

CGなのか特殊効果のか、まぁその2つに紛れ込まされてる仄めかしについても追記予定。そこが2話で初出のアルージョン、かな?

他にOPでなんとなく怪しいのは、桟橋のマーカーだが、それはスカだとしても、ミラージュの床の模様、ミラージュのペット、ミラージュの部屋の紫、チャックと映るおろされた魚の断面図というか断面の模様、メッサーと映るクラゲの水槽の見た目の平行先が持つ不穏さかな。

EDでの他者性として秀逸なのは、誰かが噂している、世界は何時か終わるって、嘘だよそれじゃ当たり前すぎる。ってのに、精神の快活さが現れててあっていい。

第3話の感想

物語には繰り返しが多用される。一度目はたまたまかも知れないが、二度目は偶然ではないかもしれない。多様されている時点で、一度目の時点で統計的に90%弱程度の確度があるとするのが科学的な思考の帰結であるのかもしれない。

だが、そこは大したポイントではない。(繰り返し構造に焦点を当てれば、メッサーの登場のさせ方がそういった技巧の代表的な現れであるとするぐらいか。)

第三話で中心となるコードは、ハヤテが右手でやる飛行模型であろう。前作フロンティアを視聴していれば、この飛行模型は早乙女アルトのイメージが近接するか重なるかするのだろう、そしてその意味については未だ特に際立った意味も追記も開示されてはいない(精々で主人公といった程度の意味か)。一応は、「W」の形状をしているスタイルの統一が、ここでも行われてはいるんだろう。

あの時、初めて空を飛んだ時――。マクロスシリーズの主人公はまぁどっちつかずな男が基本的造形となる。それがある意味バカバカしく続いていくラブコメ的展開の白々しさを緩和するために、デルタでは「他者性」的なものが逆手に利用されているのではないか。つまり、ハヤテとフレイヤとで解釈がすれ違うのは、「ハヤテが不合理なまでに鈍感だから」ではなく、「世界の側からの介入が何に起因しているか」ということへの判断の差へとすり替えられているのだ。空を感じたのはハヤテだけであり、視聴者の視点から見ている限りではそれはフレイヤのルンから派生した現象。他方で、空を飛んだフレイヤもその空間に巻き込まれてはいるようではあるしそういう感覚は彼女には当たり前すぎることなのかもしれない。そしてもちろん、ハヤテは鈍感である。

そういったラブコメ的なすれ違いはお約束的な展開として実装されてはいる。しかしマクロスデルタで異様なのは、「世界の側からの介入」が他者性として組み込まれていることだろう。これがこの作品の演出特徴の1つであろうし、敢えて言えば、この他者性が主人公に影響を世界の側からとして与えているような構造はマクロスプラスの重要なモチーフになっているかもしれない。とすれば、デルタは順当に毎度のマクロスをしているともいえるのだろうか。


あとたまたま検索で見つかった記事も勝手に使わせてもらう。割と真面目に解釈してる。この調子で書き続けては欲しい。

【マクロスΔ 3話】印象的な演出の数々を解説してみる!【感想・考察】: 会長のおすすめアニメレビュー

「あんた、それで飛んでて楽しいのか?」
「楽しい? 私は戦士。守るために飛ぶ、それだけです」
「ふーん、そっか。わかったよ」

そしてこんな会話が交わされますが、この時、逆光の影に沈む二人と、夕日に染まる二人が交互に映され、非常に対照的な演出になっています。

技術としては、僕はこういう解釈がド下手である。現段階で何一つ解釈を提示できていないことからもお分かりいただけるだろうか!

真っ暗なのは、義務で仕事をしている彩りのないミラージュの視点。輝いているのは上記のように「行きたいとこ」が見つかり、色づいた世界で飛ぼうとしているハヤテの視点。

だから、二人が逆光に沈んでいるカットでも、「ハヤテの奥=心の中」には夕日に煌く海面があって、まだ飛べなくてもハヤテの心が煌いている、ミラージュもそんなハヤテの眩しさに気づき始めていることが演出されていました。

  1. 青い空を背景に背負うミラージュを見上げる二人。
  2. 煌めく海を横に並べる先輩は海へと―「赤」い水へと―飛び込み逃げていく。
  3. 海側からのカメラ、砂浜に残されたハヤテとミラージュ。淡い黄色・橙色・薄紫の空。「汚ねぇ」「咳」「応答」
  4. ズームアウト:海側からのカメラ、少し引く、しかし映るのは砂浜だけ。「別にいいだろ~」「それだけでは足りません」
  5. ハヤテとミラージュをつなぐ線の横側(陸橋とは逆サイド)にカメラマン。ハヤテの横顔の奥には煌めく海。やや暗い「オレンジ」と「黄」色く輝く<水平線>。浮かないデルタ小隊の存在意義。
  6. ハヤテとミラージュをつなぐ線の横側にカメラマン。「アルシャハル」「私たちが飛ぶのは戦場の空」と言うミラージュの背景は紫の空と紫の植物。
  7. ハヤテの横には煌めく海。やや暗い「オレンジ」と「黄」色く輝く<水平線>。「隊から出ていきなさい」。ため息。
  8. ズームアウト:海の側から2人を映す砂浜。
  9. ミラージュの背後からのカメラ。「それで楽しいのか」
  10. ハヤテの背後からのカメラ。「楽しい?」を顔をしかめるアクション。「私は戦士だ」
  11. ズームイン:ミラージュの頭部真後ろからのカメラ。アップ。「ふーん」と肩をあげるアクション。
  12. ズームアウト:ミラージュ後ろ側はるか後方からのカメラ。ハヤテの後ろの海も映す。「そっか…分かったよ」と歩き去る。
  13. ズームイン:海を背景にミラージュ全身が画面の中心。「く」っと上半身を大きく動かすアクション。


これが一連のカメラワークである。だが演出レイヤーの整合性から考えた時の重要な構造は、この直後のシーンであろう。
紫に彩られた夕焼けのマクロス。ミラージュが最終試験を提案する部屋も照明は紫である。

また、凪いだ海のような心、といった言葉があるように、「海≒水」は心を強く連想させるものであり、煌く海面が効果的にその役目を果たしていました。

その言葉が選ばれる妥当性が分からないから、この部分は趣味じゃない以上に気に食わない。水が心を想起されるってのは、日本では(ロボ)アニメの伝統ではあるかもしれないので、間違っているという意味ではない。が、一般に、水というか「海」は、バプティストと考えるんではないか。(また水は水で、食事のシーンでは、またそういう典型的なレイヤーを別に持っているはず。)

「あんた、それで飛んでて楽しいのか?」

ぶっちゃけ、この台詞以上の演出なんか必要なんだろかと思ってしまう。

が、……

因みに、これはハヤテの台詞で、ハヤテがこう言う時二人が逆光の影に沈んでいます。だから、ハヤテの見ている世界が真っ暗な演出に見えるかもしれません。

でも、話すハヤテと視聴者の間にちゃんとミラージュが入っています。

なので、このカットの主役は話すハヤテではなく、ハヤテの話を聞くミラージュであり、その他のカットも同様です。
(画(え)的にもミラージュ(の背後霊)視点ですしw)

この一連のシーンの最後で、逆光の影に沈み、輝く海面に背を向け一人「くっ」と呻くのはミラージュなので、こう解釈した方が自然だと思います。

前段はともかく、「輝く海面に背を向け」ているのは確か。で、一見納得?と思わせておいて、敢えて言おう――

この「黄」色の輝きは、マクロスデルタでは≪撃墜(を伴う爆発)≫に、演出レイヤーでの連関としては結びつけられているはず……ではないのか、と。Allusionとしてでしか言えないが、第一話の「行けないborderline 燃え尽きながら まだ輝いて見せる」でのバルキリー撃墜による墜落は、黄色の爆煙を上げている。(それを言うのなら、三雲が攻撃されているシーンだって、爆円の開始は確かに「橙」色だが、爆円のアクションとして・爆円の文法として黄色へと変化しているのではないか?という指摘はあるだろう。黄色の爆円に独自の価値が付加されているという解釈に対して、文法の存在は例外として扱えるかもしれないし、アクションとしての変化(つまりは爆炎という存在は自分の意志で行う行動)としては、美雲は黄色へと変わる頃には通り過ぎていると、例の解釈術を行うことも可能だろうが、この類の牽強付会的な整合性への執着にはあまり興味はないし意味もないだろう。)



Q. じゃあ、あんたが言うその「カラーリングによるアルージョン」を採用した場合、3話での夕日の橙と黄の海は、ハヤテとフレイヤの背景にあったあの光景はなんなのか?ハヤテの立ってるレンガ状の橋がめっちゃ黄色く太陽光を反射してる意味はあるのですか!

なんなのかは知らんが、ありそうではある!(後述するが「タイル目」は『アクエリオンEVOL』で使われたアルージョン。)

自然現象はそーいう作風の物でなければ操作できない以上、自然現象を利用し何らかの物体に反映(例えば光の反射)等を利用する演出は可能だが逆は基本的には不可能。(答えになってない)
情景それぞれには、それぞれの価値が設定されているが、そこにカラーリングを重ねることでニュアンスを付加するというテクニックもあるのかもしれない(具体例知らず)。
あからさまに情景を色で歪めた例は、たまたま目についただけだが、『双亡亭壊すべし』の第何話だかのカラー原稿に顕著である。これは色と名前が対応しているようではある。

そんなことよりハヤテのパーカー?の見た感じが、むっかーーーしのディレクターさんが首に何か巻いてるの図に見えるのが、わたし、気になります


Q. 3話のラストのミラージュの弾丸はどうして「青」だったのか?

DVD・Blu-rayでは修正されます!!!
Or
着弾すると紫になるペイント弾なんです!
(訳者注:気づいてみると最初から弾丸自体は青!)


その他のイメージによるアルージョンについて――(その妥当性はともかくとして……)

  • 空に向かって降るピンク(紫?赤い?)の雪@第三話
  • 雪国に舞う白い雪@第三話
  • ハヤテの青い空に平行に降る白い雨@第三話
  • 空へ向けて降る対空砲火の紫の光@第一話
  • ルンが残す紫の天の川@第一話

ハヤテやフレイヤの空に降っているものは何なのか?
宇宙の星々なのか、海の煌めきなのか?
それとも海中に潜ったときに口から浮かび漏れていく歌の空気なのか?

  • ヘルメットのバイザーは橙?バイザーそのものは黄色いが肌は色が重なり橙っぽくなる
  • フォールドレセプターに表示される生体フォールド波の波形は黄色のグラフ

こんなものものにマジで意味があるのか?(バイザーはそれ空軍の文脈とかってのもあるだろけど。)それはまだ開示されてないし、投げっぱなしジャーマンであることもあるだろうし(その場合はジャーマンというよりは解釈の失敗といった方がフェアかもしれないが……)、意味はないが価値が設定されていることぐらいは勿論に多々ある。


個人的には、黄が一番に怪しい(これは具体例がある)。つまり、今から何か黄色いキーアイテムが作中に登場するのではないか?(幼いフレイヤが持ってたあれは黄色い縁取りだったのでは?でも何か色合いが違う気はするし、もっと全体が黄色いぐらいはやる気もする。爆発の黄色と言うよりは、生体フォールド派の煌びやかなキツイ黄色の方が重要な気はする。)色としては、第一話の放棄されたヴァルキリーの目の色、チクチクくらげ娘がOPで展開しているスクリーンの鮮やかな黄色さ、これが怪しい気がしてる。(ただ、この怪しさは、どちらか言うと別の文脈があり、なぜか昨今のアメリカ系の作品にみられる2色のうちの1色に、このある種の黄色さが強く登場している様子と言う事情もある。つまり、色そのものに何か文脈があるのかもしれないし、単に美的感覚から、なぜか人の目を引く色として確立されているものでもあるのかもしれない。)

紫がミラージュと美雲とで(濃度と言うか色相?が違うだろ言われるかもだけど)共有されているのも、何かトリックがありそう?他方で、黄緑は、おそらくはハイネスの髪の色で終わりなのではないか?あの色の設定には既にレイヤーが重ねられていてそれで終わりなんじゃないか。『愛、覚えていますか』からのレイヤーだ。(問題は、第一話の初登場で思ったほどには、当初は初代からのレイヤーに思えたものが、敵キャラの陣営の見た目には重ねられていない気がしてきたことぐらい。むしろ、詳細不詳な彼らの造形の相関の、その全体図は、フロンティアからのレイヤーと言えるのではないかと思えるぐらいに似てる印象を3話のラストでは受けた。これはそういうトリックだったのかもしれないし、マクロスにありがちな人物配置がなせるたまたまの偶然でしかなく幻想だったのかもしれない。)

隠し玉としてのマズルフラッシュの赤。


雪については、第一話の時点でも何か思ってた気がするんだけど、思い出せない。


そのほかに気にしなければいけない事柄――
ハヤテが猫に殴られるシーン。
インメルマンダンスという語感。(このダンスへの反応の違いも、初歩的な技術としての簡易な他者性になっている。)

演出のパターンが少ないだけでなければ(一応、OPでも季節の変化を先取る夏の光として、太陽光が右上から差し込んでいるので、パターンと言えばパターンと言うか手癖というか、あることをやろうとするときにまず採用される傾向ではあろう)、空を飛べた後にハヤテが上から背中を撃たれたのは二度目であり、さらに今回は徹底的にバラバラにされているほどに追撃までされている。(ハヤテのヴァルキリーの被弾も含めれば3回目であり、その時はオレンジの光が発生している。そして、繰り返しと共に損傷度はインフレしている。だがそれが再帰的な追加を含むある種の弁証法的な発展となるのがこの類の繰り返しの常なのだろうが、このヴァルキリー被弾の繰り返しは、そこまでは強い意味を持たされている重要な繰り返しではない様相ではある(逆に言えば演出手法としての構造がむき出しになってる下劣な低品質を物語っている)。)

順当に考えれば、こういった不必要なキチガイ染みた行動へと人間を駆り立てる心理機構は、同種の体験をメッサー自身がしているということなのであろう。そしてそこには後悔や悔恨そして自身を含む誰かへと向けた怒りがあるのだろう。更には、談話文法的に行ってみれば、次回第四話の冒頭に発生するhyperthemeを呼び込むためのrheme、つまりはフレイヤワルキューレの戦い方を今度は学ぶことになるのかもしれない、

第4話の感想

実は今から見ます。1~3話への追記もあまだある模様。

と言うわけで見たけれど、美雲の作画的な興味深さ以外に面白さが特になかった記憶しかなく、あまり見返す気もなく、アクエリオンEVOL見てやわらかーい。




話題をOPに変えて、フレイヤの背景の空に飛んでる「尾が2つに分かれている海鳥」は何かを暗示しているのか問題について(安易に暗示と言うのはなんか勇み足と言うかよくない感じはあるけれども)――たしか、3話までのどこかのエピソード内でも一度、こいつは登場してたはず。

今のところは「象徴」と言ってもいいし、位相同型的な変換が行われたものと言うよりは素直に象徴とした方が順当かもしれんけど、あの「2つの尾」は「ヴァルキリーの排気」であり、飛行機雲であり、OPでもフレイヤの空に流れている「飛行機雲」に、同一の価値として現れてはいるんだろう。つまり、ここでは価値と他者性とが組み合わされている。「世界の側からの介入」という演出の他者性は、戦火の光が幻想的な空から戦場の空へと引き戻す衝撃の波及として世界を染めるのではなく、2つの尾を持つ飛行機雲が空を生むという形でフレイヤの世界にソレスタル介入してるのである。

そもそもOPの歌詞とOPの映像との一致は、平行関係と呼ぶにはあまりにありふれている、映画の映像と映画の音楽とがシーンの情景に一致するように。だがマクロスシリーズでは、そこから更に進め、映像だけで十分だから音楽は家具のように断片化させる――みたいなことはしてないはずだ。製作会社の作風としてもサテライトと縁の深いエイトビットのアニメ『アブソリュート・デュオ』にも、歌に合わせてキャラが動かされてるシーンはいくつもある(それでも、このOPで真に語るべきは、そこではなくアイスダンスだろう。むしろマクロスデルタの演出との違いは、歌より先に映像がhyperthemeとしてか動き出している点だろう。「2人」という歌詞がOPで始まるより先に、「2人」はすでに繰り返し始められている。)。

むしろマクロスΔを際立出せている一致は、一致しているそのこと自体には大した意味はなく、一致から逆算できるほどに価値の体系が固定されていることゆえだろう。つまり、OPで提示されている価値の繋がりがネットワークとして見えなくても、本編の中で繋がりに気づけば、それをそのまま応用してOPを分解することができるってわけだ。まぁこれもそんな特別な技法ではないだろう。


続きは書くよ!

第5話の感想

とーくにーかくことがなーい。その2。



前回がマーケティングとして強いられているアイドルソングなら、今回はオールドファン向けのシーンがあるだけの回とdisられてもしょうがないくらいに、肝心のダンスシーンがただのダンスでしかなく、まぁフレイヤのダンスがポイントだったという騙し討ちが今回の多層化なんだよ言われれば納得するしかないが、特に面白くもないかんじだった。フレイヤの動きはまぁ面白いというか楽しい感じではあるけどさ。もちろん、世界からの介入に相当する他者性と言えるほどの他者性はない(撮影とか特殊効果とか、そーいう別工程で追加するんだっけか、こういうのって?)。フレイヤが妙にノリノリな部分がメタ介入された結果であるみたいなことは言えるかもだが、そういう介入は脚本レベルでの介入と言えるだろうからメタメタ過ぎて敢えて他者性と言う必要があるのかはわからない。


っわけで、ロゴスはゴミだなぁと第2話で我慢の限界を超過駆動させてオーバーヒートし余る勢いでEVOLを観てサテライト芸風欲求を満たしてはいる。(そんなに断片化されたアルージョンに充たされたものを観たければ、『ブレイキングバッド』(の特に4終盤移行)でも見てろって話ではある。)


ついでに気になっているのは、第一話で墜落先として描かれていた「街並みの模様」。『バスカッシュ』における「月の模様」が何を意味しているのかは作品を見ればすぐわかるのは、これまた毎度のサテライト的なアドホック2層式なんだろけど、あの街並みの感じの円形の意味をとりあえず無視しておけば、「町の舗装のタイル模様」、これに何かひっかかりを、たぶん3話までのどこかで一回感じていて、じゃあこの幾何模様は何かのレイヤーが重ねられているのかと言うと、分からない。

サテライトがよく使いがちなお手軽模様ってだけかもしれないけれど(実際、アクエリオンで使われたのか開発されたシーンはマクロスFでも流用されてる)、このタイル模様それ自体は、『アクエリオンEVOL』では明確に多層化されている。OPでアマタとミコノの背景に流れているCG模様がそれだ。EVOLは、割とアドホックにポッとイメージを出して、その連想ゲームで2層化していくっていうことを連綿とパッチワークのように繋げていく事で間を埋めてる省エネ走法を特に終盤でしているようなのだけど、Δで価値が割り振られているのはタイルなのか模様なのか円形なのか、まだよくわからない。

どちらかといえば、ワルキューレの背景CGの方がこの作品では意味が付け加えられていくかもしれない。(他方で、フレイヤの試験の時に使われたタペストリーのCGというのか、アレも、あんま見返していないが、テーマがあるのかもしれない。)

実はこの、タイル地・粒子・花模様は、どれもアクエリオンEVOLで使われているテクスチャではある。それぞれには対応したアルージョンが前作のアクエリオンから引き継がれていて、完全に無意味なコストからの大人の事情として安く綺麗に仕上げられる記号だからという理由しかないわけではなく、ちゃんと価値の体系がそこにはある。もちろん、アクエリオンに敷かれている価値の体系そのものは「恣意的」ではあろう。


マクロスデルタに話を戻すと、これら記号のどれに作品内で重要なパワーをもつものが割り当てられているのかは現状では全く分からない(そういう割り当てが全くない作品の方が多いだろう)。事後的に思いついて拡張されることはもちろんあるだろうけれど、EVOLの1期OPでミコノに重ねられてるレイヤーは、ありがちなロボアニメのOPでのワンカットの裏に、更にちゃんと隠されてるレイヤーがあり、これは最終話の前後で起爆しているはず。EVOLは2つか3つ、そーいうのをきっちりと並べて提示している、ちょっと意外だが。(逆にファフナーEXODUSの2期OPに、そういうある種の文学的というか小説的な技法としての延長みたいなのから構築されている体系があるかっていうと、たぶんないのでは?あるのなら教えてほしい。)

アクエリオンの話しかしてない!!!

第6話

7話よりは6話の方が面白く見どころが多いかな。
メッサーを追うときは、カナメが。ハヤテの行動自体がポイントの時はフレイヤが映る。
敵がパワーアップし、味方もパワーアップとは名ばかりの物量だけアップするとこで、マクロスのミサイルのレーダー図もパワーアップなのは面白かった。ハヤテとフレイヤの服の黄色のストライプと言うよりは、ボーダーか、ボーダーラインがポイントなんです。もちろん黄色も。黄色は撃墜の色です。

必死な顔してたミラージュ可愛いピンチ。連続被弾でのカウントダウン、コンソールでの機体の表示はオレンジに黄色(後者のが重症か)。

被弾に耐えてるミラージュに光が点滅して充てられるのは、まぁ他者性っちゃそうかも知れんしただの写実ダヨでも済ませられるかもだが、どっちか言えば、そのあとのマスターは下から、ハヤテは右上から、ミラージュは左上から照らされているシーンの方が、それっぽく解釈はできるし、解釈をするのならば、更にそのあとのコンソール上の黄色い飛行形態のヴァルキリーが赤く染められ、画面にはWARNと赤く警告が呼吸音とともに点滅するってのは明らかにハヤテの心情を表現している心象風景と言えるんだろう。

更にはこの後に、4つの尾を持つ(正確にはもう1本太い尾を持つ)海鳥がオレンジ色の夕焼けを背に黄色い空を横切り、ハヤテが見つめる空の向こうへと飛び去って行くシーンがあるので、そこの当然として、解釈が行われるべきシーンではあるのだろう。その後は3羽を最大に変動し、基調としては3・2・1・0と減っていく。マクロス、1羽、ミラージュ、ミラージュハヤテ3羽、アラドと艦長、アラド、ハヤテ2羽、フレイヤカナメ……フレイヤ背後に水と油2人……、小さくミラージュハヤテ3羽……、フレイヤ焦点の奥にミラージュハヤテ0羽と、シーンが切り替わり戻ってくるたびに変動。

上の段落、カウントが待字がってる模様。


マクロスの発進台の、ハヤテが座ってたとこ、阿蘇の子側面の白赤のペイントに、写実というか軍という平行関係以上の価値があるかは不明。

個人的には、白騎士みたいな、子供に平然と圧迫かけるような、権力関係をベースにした人間関係にしか興味を持ってない、控えめに言っても自分が苦労したからと後輩にも苦労を強いるみたいな、あーいうのは趣味じゃ無さすぎるので好感度マイナスへ突っ切ってる。まだ、ボーグのお前がそれを言うかよ……みたいなののほうが幼稚でまだマシ。

デルタ1はDVDで修正されます。

コンソールに移る画面の基調は黄緑。ブースターパック、宇宙用の追加装備が黄色。
アラドの振動ブレードみたいな装備は緑の発光。

白騎士のエンジン口のクローズアップで溜めて直進。

双子のセリフは、ハイハイワロスでスルーだけど、二度目の踊っているなとこは、なんか銃撃の軌道や速度がなんか低予算っぽく怪しげではあるけど、踊ってるからセーフ。むしろ、今回の肝となりそうなヴァルキリーのダンス、つまりは縦回転もOP行こうでは初なのかお披露目。

2回だけ今回だけのアドホック演出っぽいのは、ヴァルキリーの左上のブースター高が被弾して爆発するパターンかなぁ。CGの都合だったりするの?ゲームで色違いの敵が出て来る的な。右後方の注意を甘くなくそうとしたら左後方からやられたという複雑な他者性演出だと信じよう!!!ミラージュは息遣いもいっぱいあって良かったから赦される(バカにしやがって!ってのは妙に好戦的な口調だった)。ちな、後ろ上方も、メッサーに一度やられてるから二度目はないという聖闘士コスモパワー。

ダー君は間に合わないが、どっちかいうと、平然と人殺しでゲームする、まぁ好意的に言えば儀礼っちゃそうなるんだけど、なんか人格者に見えてイカレおっさん感。儀礼なんだからイカレじゃねーと言えはするだろけど。(なお、あそこでヘルマンが本気出してたらミラージュ死んじゃうじゃないですかーという大人の事情は考えないものとする。)まぁ、ルーンで感知できるとはいえ、判断ミスで若者を殺してる時点で糞司令官確定だけれども。

あと風の歌い手さんは、ポケモンのキャラっぽくてカミツレ可愛いかね!(雪が降ってるのはもちろんポイントだろう。星の気候として雪が降ってないことなんてないのだとしても。)


他にもいろいろとありはするがあんま関心が……僕はここにいるよと識別上の迷彩が施されるあの煙か何かがうごめくようなCGとしてはブロックノイズなテクスチャのようなんだけど、これは何らかの価値を持ってるかもしれない臭はする。

最初のFWによる防衛も、多数のフォールドアウトを彷彿とさせるし、その後は音ゲーっぽい感じに。途中で現れる爪や網状の形状は、今回のストーリーに繰り返されるイメージ。

第7話

ハッキングの時にレイナにかけられてたCGエフェクトはいつもは美雲の髪にかかってる奴かな?電気と言うよりは波っぽい感じ?

鍵を作った後、背景を投下させては知っていくシーンと言えば。ではあるけれど、テクニックとしては特別に独自ってわけでもない。鍵の形が、RPGの洞窟一本道マップみたいなのとも、もちろん重ねられてはいるんだろう。
まぁ細かい脚本技術とかはあるのかもな。美雲とフレイヤが意図しない結果を呼び込むあたりか。

細々としたギャグとしては、子連れで歩くのに尻尾は便利ねとか、ヴァアル化の物質を解説させられるメッサーさん不自然可愛いとか、俺はクラゲじゃない私もです!(更には追撃としてフレイヤに悩まされるミラージュ)とか

第8話の感想

さて、前作のマクロスFの勢いが炸裂したのは「ダイアモンドクレバス」からであったと個人的には記憶している。まぁ自分の体験でしかないが。そしてこの8話こそが、Δにおけるダイアモンドクレバスである……かもしれない。まさかの9話で大盛り上がりは、あればうれしいが、今回のカツカツの演出状況だとないんじゃないだろうか。

カツカツではあるにせよ、世界のコード図には発展が2つもあった。

まず1つ目。それは「風の色」である。風の色がフレイヤには何色に見えているのか。そう僕たちは常々疑問に感じていただろうが、今回の進展により問いの立て方が間違っていたと理解しなければならない。つまり、「『風の色』という風」が存在しているととらえた方が正しいのだろう。具体的には、ハヤテのジークフリードが纏っていた「緑色の光」である。つまり、風の色とは緑色だったのではなく、緑色の光が風の色であり、もしくは少なくとも、「大いなる風」と深く関係のある風、または美雲が何か知っている模様な風と関係があるのだろう。さらに、この風の色には、粒子がはためいてる。作品内で粒子の価値を持つのは、変身中のワルキューレの背景と、フレイヤのルンが放つ天の川かな。これらに意味があるか?EVOLから考えれば、たぶんある。

そして2つ目。どちらかと言えばこれの方が重要である。風の形が追加された。これの初出は、美雲の髪に移されるCGテクスチャみたいなあれだ。と見せかけて、白騎士のコックピットに発生した風の乱れが初出だろう。これは今回は3回繰り返される。

マズルフラッシュの赤もあったと思ったが、よくみるとマズってるのも紫だった。カメラを破壊されたエラーは赤で表示。そもそもバアル化に赤血球がどう関係しているのかも謎だが、血の色に価値があるのか、血管の線に価値があるのかはいまだ不明である。

むしろ今回で「風」が明かされたことで、フレイヤが光っている黄色は、錯覚で緑色に見えてくる(本当に錯覚で緑に近づくのかは知らん)と言う部分までが意図された計算づくの割り当てなのかもしれない。

話は前後するし、8話ではないが、尾が四つに分かれた鳥が6話で初登場したいたはずなんだが、おそらくはあれは美雲の後ろ髪と同じ本数と言うことだろうか。(ただ、最終的にはこの海鳥、3羽映ってるんだよな。)

他には、林檎の模様が気になるところか。林檎自体は、シャロンアップルとの平行関係(なのでシャロンの象徴としての意味を持つとまでは踏み込まない)ってことなんかって気がするが、だとして何がどうつながるのか、繋がったとしてもシャロンマクロスプラスの核心に至るキャラの一人なので言及しづらいが……。


歌は幻じゃない
フレイヤの発行黄色のフチ、紫のミルキーウェイ
届いて私の願い
届け私の歌

追いつけない君はいつでも


その瞳は……その直前に追加された他者性芸。被弾はオレンジ入れで火花を飛ばし、ヴァルキリーのピンポイントバリアの水色が、点滅としてフレイヤとハヤテの世界を染めていく。

見えない風が。


バアル化の抑制が期待されている3度目のフレイヤのアップシーンでは、ピンポイントバリアの被弾光はなく、銃撃と防御に付随して発生した黒煙さえも白煙に変わる。(フレイヤが空を飛べていれば空にあるのは雲ということなのだろうか。)

言葉だけじゃ。と歌う4度目?のアップシーンでは、黒い煙がフレイヤの世界を横切っている。ある意味では、黒い煙が先行して横切っている。つまり、黒い煙が表象する結末が予告されていると考えることもできるのか。射撃戦は終わってんのに黒い煙がどこから発生し続けてるのか、そもそもレーザー同士の衝突で煙って何なんだよ!という意味不明さ加減が、これらの演出が演出のレイヤーに重きを置かれた(世界の)心象風景みたいなもんともいえるのではないか。


赤毛の騎士のヴァルキリーが飛んでる時にも、世界の側からは白い雲がカメラとヴァルキリーの間を点滅するように横切る介入がある。まぁこの部分は、写実的に空中戦を描けばこうなるという以上のことはないのかもしれない。むしろ、フレイヤを攻撃しようとした時の彼のルンの色が黄色ではなく赤になっていたことの意味の方が気になるか。(そういえば、ルンと言う呼び方も、マスターに言わせるとルーンという響きに近くなるようではあった。世代差による変化なのだろうか。)

また、ハヤテがロックオンサイトを眺めているとき、最初は相手のコックピットが狙われているが、最終的には右足を撃つ。このとき、最初のサイトには黒煙があり、最終的な狙いには黒煙は視界には含まれていない。黒煙の消失は、8話では二度目のイメージである。
他には、「こいつ風に」とボーグが言っているときは、風の揺れるエフェクトではなく、単純に機体が振動している、つまり揺れ・衝撃波・風・波・振動といった変換を通して繰り返されている価値なのかもしれない。

風と踊った。とアラドが言ったことで、アラドにとっては「風と踊る」という事態は経験済みということだろう。安易な可能性としては、この世界は劇場版のマクロスFが過去なのかもしれないと言ったところか。

またアラドが最後に話しているとき、コックピットのガラス(と言っては語弊があるか)の奥に揺れる風、この「揺れる風」も写実的な描写である以上に、美雲の髪の裏側にさざめいた風の波と同型の反復なのではないか。


とりあえず、メモ的に。フェイスシフターさんの眼鏡が白く光るのは(手悪戯)アクションな!

フォーメーションヘルモス!の後に続く両陣営の接近も、マクロスの定番のレーダーに映るミサイルの図っぽくて、これはこれでぞくぞくするのかもな。巧く乗れれば。自分は乗れんかったが、繰り返し見てるとちょっとわかってきた。こういう部分に上手に乗れる集中力があるか、それともあんまりに需要者側への負担が大きいことから2次創作的と断ずるかはなんともなところか。

今回は黒い煙や黒い土がよくでてきたか。

フレイヤがエンブレムに気づいたときの「う…おっ(このエンブレム)」のポーズは、絶望からの旅立ちを決めた♪なシェリルのポーズかな。シェリル自体がミンメイのポーズなのかは知らんけど。

ハヤテが追撃で空へと昇っていくときに発生した二つの環は、フォールドレセプターに表示されるフレイヤとハヤテの共鳴と平行関係があるんだろう。(となれば数は一致しないから別枠の可能性もあるが、フォールドの「円形」にも価値が設定されるのかもしれない。)
ただその場合でも、追撃を開始したときにハヤテが伸ばしていた煙は黒で、逃げる騎士が白い雲を残していたことと矛盾するのか、それとも最後でハヤテが何故か最初はコックピットに照準を合わせていたことと、笑顔で隠しているの…近づきすぎた…というフレイヤの歌が示唆するようにハヤテには何か危うさが、戦争への親和性が、本人が望んでいなくてもあることを示唆しているのかもしれない。
風の色も、緑ってだけではなくグラデーションがかかっており、機体の真後ろ辺りはほぼ黄色になってるカットがあり、フレイヤの色とバーグのルンの色との関係もまだ不明瞭で伏せられてはいる様子。
また、バアル化したエース機から発射されたミサイルは思いっきり緑色の光を放ってた。

この場所から何を見ていた。バアル化したエースパイロットを説得するときのフレイヤの仕草とヴァルキリーのポーズもパラレルか。ハヤテの絆創膏にも価値が設定されてるかは不明。さすがにそれはない気もする。むしろここで重ねられているものは2つ――第一話でのハヤテとフレイヤのシーン、つまりはハヤテがフレイヤを助けようとヴァルキリーを起動させ「立ち上がる」。もうひとつは「エースパイロットを助ける」という7話からの重なり、つまりはレオとミラのお父さんとメッサーの2人のエース。ってことなのかな?

銃口のアップとエンジン口のアップ、前者はバアル化した地元の兵士・後者は騎士、ってのも繰り返されたテクニックかな。銃口の穴の数や銃口の配置が描く形に意味があるかは知らん。

細かいテクでは、死神の絵がアップになるΔ2のペイントの繰り返し、他には白木氏のコックピットのズームシークエンスが、大見え的な。

最後の脱出の光の形は、ワルキューレたちのドローンが翼を広げてる形かな。逆さにすればWか。余った資格の部分は銃口の中央部と平行になりそうな変換具合か。

あとは救出時に新しいデュエットが2つ聞けて良かった。でもその後の歌にフレイヤの声が混じってた気がして、確証はないんだが、混じってたとしたら、なんか違うんじゃないかって気はする。(2度目にチラッと見返した時にフレイヤの声が聞こえた気がしただけで、1度目と3度目以降では特にフレイヤの声なんて見つかりもしないんだが……)

救出時に差し込むライトの軌跡は、まぁ別に他者性による介入とまでは言えない気もする。(照明はカラフルだが、Wのマーク自体がカラフルだしなぁ……特にオチ無し。)

フレイヤが最後にいた場所の壁と言うかバイザーは黄色。音が少なくて二人の声、最後は特に美雲の声が印象的だったかな。フレイヤはソロでアカペラっぽく歌い出してたしね。林檎に緑の葉がついてるのもポイントかな。FeelLove飛び出さなきゃ見えないけど未来は、連れてって最果てへとってことかな、ヴァルキリーの発射時には黄色いレーンが両サイドに出る。フレイヤの居たところにもサイドに少しマーク(黄色いV字の照明)がある。



ーーー作品内では明示されてない予測バレーーー


中尉の過去は、ある意味では、魅力的な狂気かもな。犠牲が払われている、コストが払われた結果に手に入った死神、それ故に死神は死神でなければならない、と言ったような形而上的な執着っつーか、状況から察するに、一度バアル化して仲間を皆殺しにしたにもかかわらずに自分だけが生き残った、ゆえに死神、と言ったところかな?まぁ。Macrossでこの類の形而上学を持っていたキャラって言えば、私はシェリルよーさんなわけだが、メッサーは逆に破滅的か。


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他には効果音の多さは、場をもたす以上の価値が設定されてそうな勢い。ワルキューレの移動音、斬られて飛び散るワルキューレの映像、ルーンの音、ひし形のtileの煌めく音、粒子の飛び散る音、降り注ぐ粒子の煌めき、剣を銃身で受ける響き、ジークフリードのエンジン音、飛翔音、コンソールの音、ロックオンTAGの音、脱出音、パラシュート、毎度の白騎士のズームに効果音、軌道での爆音、遺跡が呼応する音、エース機のアクチュエータ音、尻もちをつくヴァルキリーのドップラー音、ブロックノイズ音、破壊され剥き出しの頭部のショート音。

地下洞窟では歌いだしにスモークが出現したが、まぁライブではそういうもんだし、逃げるんだから煙幕とも言えるかもだが、これも新しい記号になるんかな。最終話はロックバンド並みにギラギラとライトを飛ばしまくるの期待していいんですか!まぁ単純に白い雲ってことなんかもな。

更には、おそらくは本作で最も解釈をしなければならないシーンが出てきた(現時点で)、それがフレイヤの救出シーンだろう。ここは試験に出ます!フレイヤがぼけーっと呆けている心情を答えなさい、と。(まぁ毎度の週刊アニメ的な手抜きシーンの妙な間だろうなと言えばその通りだろうけれど、フレイヤが自分が含まれていないワルキューレの星団を見て何を考えてるのかも、もちろん大事なシーンではあり。)

歌と映像もシンクロするようなシーンはいくつもある。その他方で、歌が画面内のどちらの人物を歌ってるのかどちらとも解釈しうる、そういう演出は増えていくかもな。

せめぎ合う、うつつとゆめ、Ah絶体絶命。って部分がいまいちなんか強引な感じがするのは、まぁそれでも控えめな印象があるので真ゲッターの2つ目のOPのような素人MAD感は全くないと言っていいだろうが、おそらくは、表とウーラAh一触即発でうまくポエミックワールドが発動するのは、毎度のダジャレソング裏にチャックたちが使うウーラという音の平行関係がかなり明白に響きからだと思う。(歌単体で考えれば現と夢は、歌いたくなるような歌詞の組み合わせで、CLAMPが得意としているような工業的ポエムな対ではある)

また基本的に世界の介入は光によって行われていたが、フレイヤの奥の空、エース機の背景の空、それぞれに空を横切る地上からの対空砲の弾丸も、介入と広義に捉えてみてもいいのかもしれない。まぁ介入とするよりは、フレイヤが歌っている横顔の背景に「地対空の粒子」と「フレイヤノルンの粒子」この2つが同時に存在していること、の方が新規性はあるのかもしれない。が、流石に地対空の粒子は、変換がかけられすぎてて跡形もないというか、ハヤテとフレイヤが黄色いボーダーの服を着ることと地元のエースパイロットがボーダーのペイントをしていることとに類縁性といっちゃだめだろうがなんかそーいう同一レイヤー感があるのか言うと、さすがにもう残ってない気もする。(背景の謎の地対空攻撃や謎の爆発が安っぽくて嫌いって感じはよくわかるが……。)

または、ボーグの銃口に収束しつつあるエネルギーは粒子が集まるような溜めがある(そこに発射音と直進音が追撃)が、まぁこれは純粋な引きを作ってるだけだろうが、フレイヤのルンからも粒子は放出されているので、まぁ変換の形跡を認めた方がフェアかもしれない。粒子の方向が捨象されてるとこが変換臭っぽくないですか?くんかくんか

色に関しても、この星は緑豊かで、洞窟内の色もそんなかんじ。他方で遺跡は水色に光り、ハヤテの機体はとっても青い。

林檎の模様は、ここまでくるとウィンダミア人の死期と関係はありそうなんだが、美雲の尾が四つに分かれている、つまりは鳥の人が平行関係にあり、となると林檎の模様の線は縦ではなく横に入っていて、横なのはフレイヤで、縦なのは美雲とウィンダミア人。美雲の髪の裏によく映ってるニューロン発火みたいなテクスチャも価値が設定されてるか。

ハヤテのヴァルキリーの破壊された頭部内は配線でごちゃごちゃしているが、この型に価値が設定されてるかは謎。精々で、蔓がこの形になりうるだろうけれど。でも基本的に、この型はAKIRAだよなぁ。マクロスは、神話的な悲劇には成り得てもホラーにはならんだろうし。

その他方で、火傷のような跡に見えるウィンダミアの傷跡は確かに白色はしているが、ツーフェイス、ジキルとハイドのように、分断されてはいるが乖離しきることはできないような2面性が、ヴァルキリーの顔の暗さとして表現されることは増えるのかもしれない。(一応は、この後のフレイヤも左の横顔しか映ってはいないし、その時は前述の黒煙による介入はなく、やや灰色だが白い煙がその奥でうごめいているだけ)

黒い爆炎のスタートは、バアル化したエース機体の「翼への被弾」。被弾後は黄色の炎を上げ、エンブレムは赤で染められていたので、まぁここでも細々と介入は繰り返されている。

新規に他に増えたものとしては、破壊完了のイメージか。まずはハヤテのヴァルキリーの東部カメラの損傷が白黒のブロックノイズで提示されている。また、ボーグが撃墜されたときもノイズは発生し繰り返された。

また今回追加された風の形は、白騎士が風の異変を感じた直後に移された遺跡にもエフェクトが重ねられており、SF的な平行関係そしてチクチク娘が重いと言っている以上、何かしらの重力(波)的なものが示唆されてもいるのかもしれない。過去の回での話になるが、ウィンダミアの穴、OPでは稲妻が落ちているような、でも実際には穴から空へと稲妻は登っていたと開示されたが、そこらへんとの繋がりもあるのかもしれない。

他にも変換が強すぎるのか、おそらくはたまたまそういえなくもない程度の話でしかないとは思うんだけど、エースパイロットの顔にあるペイント(これはよくあるペイントでもある)、バアル化が治ったときにフレイヤにカメラが戻ると頬を赤く染めてる、何よりなんとなくイメージが重なるのが、vsボーグ戦でロックオンの赤いタグを見つめるハヤテ、このTAGがハヤテの顔に重なると……。この妥当性は置いとくとしても、色と模様はやはり何かをやってくるだろう。ワルキューレの今回の衣装は縦のストライプ。美雲の髪が捩じられてることの平行関係は未だに不明。

介入というよりは、歌以外の世界への介入も行われ始めたのかもしれない。ハヤテが鉄器を撃墜したとき、表と裏と歌われていたとき、翼だけを狙うことに、もっと近くと、TAGを合わせられたとき、被弾の黄以外に、青く開く粒子が被弾面から流れ出ている。その直後のメッサー初登場での撃墜では、それは現れていないはず。繰り返しになるだろうが、粒子が新しく表れたのは、風に乗っているハヤテの光の軌跡の中と遺跡からの影響か何かを感じ取ったときの美雲の髪の中に波と一緒に粒子も混じっている。波と粒子の二つの性質と言われると光を思い浮かべるべきなのか。


ポエムと言うにはやはり少し弱いが、「Ah、一触即発」は世界の状況を歌っている演出としてはそこそこ盛り上がったんでは?基本的にワルキューレの歌はエロオヤジギャグだが、Ahと歌ってるところに良さの一つがある。(ギリギリボーダーラインを歌詞の通りの発音でしか売ったってない歌ってみた歌手は、そーいう詩情が分かっていない。この歌のどこが核心なのか。そういうのがどの歌にもある。ボーダーラインは凄くわかりやすく教えてくれる親切設計だが……。)
他方でフレイヤの長演説は、単純に物語として強い意味があるセリフと言ったところだろう。(このようなアンバランスによくしゃべるって状態を、ちゃんと読解できるかはマチマチ。

記憶にある失敗例では、『メンタリスト』の確かシーズン1にヴァンペルトと化粧品を売ってる容疑者候補のシーンで、この容疑者が異常にしゃべるしゃべる。だがヴァンペルトともジェーンとも、または事件としてメンタリストでの最重要事件と平行関係になるのか何かの予兆なのか、さっぱり読解できんかった。ところで、メンタリストのそこはかとなく『砂の上の植物群』みたいな、やる気のない赤色の放り込み方みたいなのはシーズン6でも続いているがどういうことなんかしゃっきりせい!と言いたい。)

ポエムというよりは、脚本の上手な吹っ飛ばし方と言うべきなんだろうが、第一話でフレイヤが言う「飛んだ!」は完璧なポエムになれてしまってはいたけど、6話の「かわした、バカな」は阿呆な解説でしかないがそれはともかく「風と踊ってる」はアウトもアウトだけど踊ってるからアリみたいな映像ありきで滑り込むポエム未満もどきで、なんかバランスって難しいよなと思いました。アホウな解説は阿呆でいいんだけどさ。もっと連続でポエムが爆発してくれた方が嬉しい。1話みたいに作品と歌との両方がエピソードとエンディングとでそれぞれクライマックスを連続でバトンタッチしながら継いでいく連鎖クライマックス、みたいな。

ただ、フレイヤの歌を聞いた登場人物たちが順にカットインしていくのは、なんか最終話って言うか、高揚感があるよなぁと思うので、他者性の一番綺麗な使い方って気もする。(カナメがメッサーに凄い汗っていう個所も、小手先っぽさはあるんだけど、あれも綺麗な気がする。救出時のワルキューレたちのセリフの差は小手先で小賢しい書き割りな他者性だとも思うけど、声のかんじでギリセーフだからレイナは偉大。)

ハヤテの顔芸も触れてあげないとな!笑えた。

9話

ハヤテがうまくすべてを持って行って書く場所が無かったんだが、ヘルマンってのは善良なだけのクズ野郎って印象で正しい気がしてきたな。ようは公正さへの希求が全くないパンピータイプ。

それはともかく、6話のアラドから顕著なのかもしれないが、デルタではガウォークモードでの戦闘がまずの中心になっているようで、そこから、「上半身と下半身の切断」というイメージが繰り返されるのではないか。8話のハヤテを見ると、切断された上半身の形状に価値があるというよりは、足が切断されることに価値があるのかもしれない。つまりは、鳥は羽ばたくときに地面を両足で蹴る必要があるが、それができなければ飛び立つことはできない、みたいな。(蹴る必要が無い位置に巣をつくるような鳥もいるし、デルタに出てくる海鳥は、形としてはそういうツバメっぽいかんじに近いかもしれない。)